片山とらのすけ

おおさか維新の会

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2010.12.15

532号 硫黄島訪問記

1214日、私は、日帰りで初めて硫黄島を訪問して来ました。硫黄島は、東京都小笠原村に属し、約1,250kmかなたの離島で、太平洋戦争末期の最激戦地として知られ、映画や小説などにもなっています。私も一度行って見たかったところです。

今回は、現在政府が進めている遺骨収集事業を視察、激励することを目的とし、菅首相ら政府関係者とともに、超党派の国会議員団も参加することになり、要請を受け、私も「たちあがれ日本」を代表し、議員団の一員となって同行しました。

硫黄島到着後、まず摺鉢山山頂に行き、島全体を展望、北東約8.3kmに伸びる最大幅約4.5kmの扇形で面積は約22.5km2、品川区と同じの小さい島ですが、二段の台地が中心のフラットな島です。飛行場なら直ぐつくれるでしょうから、日本攻撃の戦略上の価値は高かったと思われます。そのために日本側の死者約22千名、米国側の死傷者約28千名とは、何という大きな犠牲でしょうか。

菅首相一行と合流し、滑走路西側や摺鉢山山麓の約2千人の集団埋葬地と見られる場所での遺骨収集作業を視察、根気のいる丹念な作業で、ご苦労が察しられました。しかしなお、遺骨の未帰還は硫黄島で約13千柱に及びます。

午後2時から、天山の碑の前で、戦没者追悼式が行われ、菅首相と遺族代表(新藤衆院議員)の追悼のことば、各省庁、各党代表の指名献花などが続き、亡き英霊を悼みました。後、地下壕、地下司令部などを視察しました。

空はあくまで青く、野も丘も海も光に溢れて輝いていましたが、日米3万近い人々がここで眠り、その残した熱い想いがここかしこにある、という重さは十分に実感できました。すべての方々のご冥福を心からお祈りした次第です。

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